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親と子の どっちの欲求 通せばいいの
[A]
親「さぁ、外食するぞ。寿司屋に行くぞ」
子「僕ハンバーグがいいな」

[B]
親「休みにはニセコの温泉に行くぞ」
子「海で泳ぎたいよ。海がいい」

[C]
親「白いカーテンがいい」
子「水色のカーテンがいい」

こんな風に、お互いの欲求が合致しないことはよくあります。
こんな時には三つの決め方がある。


一つは、親が欲求を通すパターン。
「文句を言うな。親が決めるものだ。働いているのは親だ。子は親に従うべきだ。お前の考えは、価値がない」。
こんな感じで親の立場、力を使って、独断で欲求を通していくやり方。

親は親なんだから、親としての力を保つべきなのだ。
子供の欲求を受け入れる必要はない。
子供の言いなりになることは子供をわがままにし、子供の為にも良くないし、親としての権力を危うくし、今後の指導ができなくなる。
欲求が対立したときは、何でも親の欲求を通すべきなのだ、と考えているのかもしれない。

この時、子供はどう感じるだろう。
親に対して、失望、不満、不信、そして悲しみ、反発心、恨みの気持ちを持つことだろう。

この力によって決めるやり方に、私は大きな二つの心配を感じている。

その一つは「力」による解決、「権力」による生き方を学び、身につけてしまうことだ。
いつでも親の権力による解決を経験する中で、「力の論理」による生き方を学び、モデルとして身につけていくことになる。

欲求というものは、力によってのみ叶えられると考え、それは結局、権力ある者への追従となり、逆に権力なき者、弱い者を無視し、イジメる姿勢へと結びつく。

もう一つ大きな心配は、「自分の欲求」を出さなくなっていくことで、自我の確立に致命的な問題を与えることになる。(別記)

欲求が対立した時の第二の方法は、いつでも、親が我慢して子供の欲求を満足させる方法。これは問題だ。

ワガママ、自己中心、耐性無し、思いやり無し、協調性無し等々、自立した社会人になることは難しい。

そして不思議なことに、自分の欲求を何時でも通しているのに自分に自信がなく、「親に愛されていない」と感じていることだ。

親がいつも自分を押さえて「僕のいいなりになっていること」を知っているから、愛されていないと感じ取れるのだろう。(僕の機嫌を取っている、僕を恐れていると感じるのか)

こんな事ばかりやっていると、事実、子供をだんだん嫌いになっていくのは自然だろう。
結論的にはこの二つの方法はどちらも、親と子の信頼関係を作り、子供の自立を助けつつ、楽しく生活していく方法とはなり得ない。


そこで第三の方法。
それは「親も子も満足する方法」だ。

「お前の欲求はそれもいい。私の欲求、それもいい。そこで何とか、両方が満足する方法を考えてみようじゃないか」
の精神だ。

最初から二つに一つ。
さて、どっちにする。「親か子か」。
この道しかない、とは考えないのだ。両方の欲求を満足させる、第三の道がある。

「そうか、お前は海がいいか。父さんは山がいい」
「お前はハンバーグか。父さんは寿司がいい」
「お前は水色がいいのか。父さんは白がいいと思う」・・・

「よし!じゃ、両方が満足できる方法がないかどうか、話し合ってみよう」。
この「心」です。

この話し合いこそ、最高の解決策、解答なのです。

しかし、そんなこと言ったって、結局は海と山しかないんだから同じことじゃないか、と言われるかもしれませんが、そうではないんです。
心の満足、納得、というものは結論だけで得られるものではなく、むしろ過程が大事なのです。

僕の願いもちゃんと聞いて、考えてくれた。
私の欲求も否定されず、一人前に考えてくれた。

「僕の意見も聞いてくれた」「私の案も出させてくれた」。
このこと自体が、一個の人間として尊重したことになるのです。

この一個の人間として尊重されることは、年令には関係がないのです。
こうして子供は自信を持ち、社会参加への自信を深めていくのです。

「そうか、お前はハンバーグか。父さんは寿司がいいな。どうしようかな。何かうまい方法はないかなー、考えてみようよ」。
これでいいのです。

子供はいろいろ思った事、思いつきなどを言うでしょう。

人間は欲求のかたまり。自分の「欲求」を大切にするから真の自立は始まるのです。

「欲求」ということでは。親の欲求も子供の欲求も対等に尊いのです。
これを認めることが「人間尊重」の原点です。

人の欲求を、価値あり、価値なし、で簡単にきめてしまうものでなく、「あなたの欲求も大切にしたいし、私の欲求も大切にして欲しい」。
この精神で「この道を共に探っていく」ことが、「お互いを大切にしていく道」なのです。

何とか一緒に探ってみて下さい。

前の[A]の実例では、別れて行くとか、両方に行って待ってるとか、いろいろ意見が出たが、話し合いの結果、少し遠いが両方(寿司とハンバーグ)ある所に決まったそうです。

欲求が食い違った時、両方が百点を取ることは難しい。
一方が百点で片方はゼロ点よりも、「話し合って」「両方八十点」ではどうですか。
削られた二十点は、決して不満や反発心だけの減点ではなく、「お互いを大切にできた」喜びと、お互いへの感謝で十二分に埋め合わせる二十点です。

子供の欲求も無視せず、一人前の欲求として話し合いに参加させて下さい。
子供がこんなことを考えていたのか、こんな名案をよく考えるもんだ、と子供を見直す良い機会になりますよ。

子供はあなたが思っているより、三つほど大人ですよ。

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